【介護レポート2】「なんとかして!」と言われても・・・


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今まで私は、病院というのは病気やけがを治すところと思っていました。でもそれなら、病気やけがが治ったら退院するというのは当たり前のことでしょう。ですから、転院前の病院が退院するように言ったのは(急すぎるということは別にして)、理不尽ではないのかもしれません。しかし、病気は治っても、まだ家で生活するほどは回復していないとしたら、どうしたらよいのでしょうか。それを引き受けてくれたのが、転院先の病院でした。家で生活できるまで面倒をみましょうと言ってくれた言葉に、私たちはほっとして、今まで知らなかったこのような病院の存在も必要なことを、改めて実感しました。

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ところが、ほっとしたのは転院する前までで、いざ転院したら、母は、「こんなところに入院させるなんて!」、「ここは地獄だ、なんとかして!」と、行くたびに私たちに訴えてくるのです。

 

入った病室は、広い部屋に20人近くの患者さんのベッドがずらっと並んでいて、仕切りのカーテンもありませんでした。プライバシーも何もなく、あちこちからうめき声や、認知症の方なのでしょうか、絶え間ない大声もあがっていました。母はシルバーカーを使用すれば、やっととは言え歩けたのですが、そこではベッドから起き上がることは許されませんでした。そこは、介護が必要な方々に、介護を効率よくするための病室だったとは思います。そしてその病室にしたのは、母の年齢や状態から見て、介護がしやすいほうがよいと考えてのことだったとは思います。しかし、理解力が全く衰えてなく、頭がしっかりしている母にとっては、精神的に参ってしまい、そこは地獄にしか思えなかったようです。決められた時間に決められた介護をし、後は放っておかれているような「介護」でしたが、それでも私たちは無理に入院させてもらった立場から、文句は言えないと思っていました。

 

母が転院してすぐに、ケアマネージャーをお願いし、これからのことの相談に乗ってもらいました。介護認定の申請をし、家に戻った時に生活できるようにと、玄関を上がるための手すり付ステップをレンタルして設置し、四点杖や、立ち上がりがしやすい椅子やトイレに置く手すりを購入するなど、準備を進めていました。また、万が一、家に戻れなかった時、老人ホームを考えてもよいのか、まずは一か所見学もしてみました。

 

しばらくすると病院側でも、母の状態にはこの病室は合わないと思ってくれたようで、2週間の後、普通の6人部屋に移されました。それでも母の「なんとかして!」は続きました。今の状態ではまだ家には帰れないよ、と慰めていたのですが、ある日、いつものように慰めて、お茶を買うために母から離れた時、母の独り言が聞こえてきました。

 

「これほど言っているのに、一緒に住もうと言わないのか!!」

 

母の「なんとかして!」の裏側には、なぜ私が引き取ると言わないのかという気持ちがあることを知り、病室が変わっても母が言い続けていた理由が初めてわかりました。

 

私が母のところに行くには、車で高速を使っても往復4時間かかりました。それでもできるだけ通うようにしていましたが、3月下旬に仕事を辞めてからは、毎日通っていました。それは、母が心配だからという気持ちはもちろんですが、引き取れない代わりに、できる限りのことをしようという気持ちがあったからでした。しかし私がどのようにしようとも、引き取ってもらいたいと思っている母にとっては、満足することはないのだとわかり、また暗闇に引き戻された感覚でした。しかし、今度はやれることがありました。

 

それは、母が家で生活できる道を、整えていくことでした。

 

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