【介護レポート4】足が弱っているだけなのに


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家での生活が始まりました。

 

家の中は4点杖をついて、そして外に出る場合はシルバーカーを押して、やっと歩ける状態でした。それでも初めのうちは、私の車に乗ってスーパーに買い物に行ったり、花がきれいな場所に行ったりと、リハビリを兼ねて外出していました。

 

昼食と夕食はお弁当がありましたが、お弁当だけでは寂しいと思い、その付け合わせとして、また、朝食に食べてもらうために、いろいろなお惣菜を作り、小分けにして冷凍しておきました。デイケアも嫌がることなく、週に3回通っていました。着替えなどの準備も、自分で確かめながらやっていました。木曜日の家での入浴も、私が補助をすれば、何とかいれられました。

 

しかし、5月中旬になると、湯船から出すのが大変になり、5月下旬には、デイケアで入浴すればいいからと言って、家では入浴しなくなりました。そのデイケアの迎えは室内まで来てくれるのですが、そのためには母が玄関まで下りて、雨戸をあけておかなければなりません。それも難しくなってきました。冷凍のお惣菜も、台所にある電子レンジで温めて、それを居間まで持っていくことが大変で、出来なくなってきていました。また、外出しても歩けずに、外出先でも座っているだけの時が多くなりました。

 

足腰が弱くなって歩きづらくなっていくということだけで、これほど生活が困難になってしまうとは思ってもみませんでした。頭がしっかりしていて、内臓もどこも悪くないのに、生活のあらゆることに支障が出てきていました。その時は、リハビリを続けていれば歩けるようになるのではないかと、母も私も思っていて、車椅子を利用するということは考えもしませんでした。

 

 

そのような中、6月4日を迎えました。

 

 

その日は午前中外出したものの、ほとんど歩けず、早々帰ってきていました。夕方、一人の時に玄関の雨戸が開けづらいと言うので、どうしたら開けやすくなるかやってみようと、玄関のほうに4点杖をつきながら一緒に行きました。靴を取ろうと母から手を離して背を向けた一瞬、杖が滑ってしまったのです。母の悲鳴とドスンという音に振り向いた時には、母はもう倒れていました。すぐに上半身を起こし、頭を打っていないかを確かめました。頭は痛くないということで、痛いところはないかと聞くと、左足の腿のあたりが痛いと言います。しかし、動かさなければ痛くないということで、打撲くらいではないかと思い、救急車は呼ばずに、しばらく様子を見ることにしました。私が引っ張り、母は腕を使って、ずるずると居間まで動きました。2時間くらいたち、動かすと痛いが痛みが増しているわけではない、じっとしていれば痛くないということで、一晩様子を見ることにしました。その時は、動かすと痛いということは、つまりそれは、痛くて動かせないということなのだということに、考えが及びませんでした。

 

そのため苦痛の一夜を、母に体験させることになってしまいました。